「からだの進化、こころの遺伝」を生み出す神経機構の文理融合研究

慶應義塾大学では理工学部創立75年記念事業の1つとして、慶應義塾基礎科学・基盤工学インスティテュート、通称KiPASを立ち上げました。 KiPASでは、本理工学部ならではの基礎学問的な研究分野において、専任教員の中から選抜された4名の主任研究員に、研究に専念できる環境を提供すると いう点で、画期的な取り組みとなっています。

KiPAS主任研究員として研究活動を開始した生命情報学科・牛場准教授は、シソット研究員と共に、ブレイン・マシン・インターフェイスによって擬 似的に身体構造を強制拡張し、個体群が新奇な身体と環境へ適応する過程を自然科学的に調べることで、知性を持った生物が新たに獲得した知識情報の遺伝と進 化のメカニズムを明らかにしようとしています。

"元々、私自身は猿から人へと進化のことに非常に興味がありました。尻尾があったり尻尾がなかったり、体の形が少しず つ進化の過程で変わっていくわけですが、必ずそれは生き延びて生存している種はその特異に進化した体を上手に使いこなしているわけです。 考えてみると、体が例えば変化しても、それをコントロールする脳自体がそれに適応する能力を持っていなければ、当然それは自分の体のように使いこなせない わけです。ですから、恐らく私が考えるひとつの進化の大切なキーワードは、脳そのものが実は我々が考えている以上に柔軟に外的なものに対して適応する能力 を持っていて、だからこそ突然変化した体の部位に対してそれを自分の体の一部のように取り込んで適応していき進化してくるというプロセスが起きるのではと 思いました。そのようなことを自然科学的な方法によって本当に検証することはできないのだろうかと思ったのがそもそもの研究のきっかけです。"

研究方法は、ブレイン・マシン・インターフェイスで駆動することのできる人工のしっぽを身体に取り付けた10名程度の集団に、実験室のなかで生活し てもらいます。参加者は、その人工しっぽの操作方法を習得して、自分の身体のように使いこなそうと試行錯誤し、さらには獲得したブレイン・マシン・イン ターフェイスの制御方法を仲間で共有しようとします。

"最初人は尻尾をどのように使用したら良いか分かりませんが、ある種のトレーニングを積めば尻尾をコントロールする方法で脳の活動を人が調整できます。"

"次のステップは、同じ技術を用いて、ある種の「遺伝」と呼べる現象、すなわち、新たに習得されたスキルが他の人へ伝 承されるプロセスを研究することです。従って、次のステップでは同じ部屋に一人以上の人に入ってもらい、尻尾を正しく使うスキルをすでに獲得している最初 の人が、部屋の中を歩きまわり、他人と話をすることにより、これら獲得したスキルを他人に伝えるような状況を作り出します。一定の期間に他の全員が、めい めいのやり方で同じスキルを修得していきますが、この技術を用いれば、各人がそれぞれ新スキルをどのように獲得していくかをモニターすることができま す。"

スポーツ、舞踊、音楽などの身体運動トレーニング法や伝統芸能、手工芸の世界では、さまざまな流派や流儀があって、普遍的な技術伝承理論は確立され ていません。これに対して本研究の成果は、身体運動の制御則・学習過程・他者への伝承過程に関する科学的な理論を提供するため、これらの産業や文化活動の 科学的発展に貢献し得るものになります。

"正しく頭のなかで獲得された情報が他者に確実に伝承されるというメカニズムがない限り、何百年も維持されて、あるいは、さらに進化していくっていうようなこれらの文化的な活動というのは存在し得ないはずです。 このような尻尾の研究を通じて、私が真に明らかにしたいのは形のない情報というものが頭のなかで作られてそれが伝承していくプロセス。これによって文化や文明というものがどのように形作られているのかそういったものの一端を自然科学的に明らかにしたいと思っています。"

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